住民の半分以上が外国人のマンモス団地を描いたノンフィクション「芝園団地に住んでいます」から3年半。その後を聞いた
原田 公樹
- 2023/05/28
インタビュー
筆者の大島隆さんは、いまも芝園団地に住んでいた。正確に言うなら出版後、3度目となる約2年間の米国での駐在を終え、再びこの芝園団地に戻って来たのだ。大島さんが引きつけられる、このマンモス団地の魅力とは何か。その後、日本人と中国人ほか外国人の住民との間にあった「距離」は埋まったのか。話題を呼んだノンフィクション本「芝園団地に住んでいます-住民の半分が外国人になったとき何が起きるか」のその後を現地で聞いた。
まだ桜が残る平日の午前が待ち合わせ時間だった。少し早めについたので、団地内を歩いてみた。本書に出てくる、保育園や本格的な中国料理店、かつて住民の憩いの場だった喫茶店「のんのん」があったとおぼしき場所などがある。本書のなかで描かれた、人間ドラマの舞台。映画のロケ地でも訪れたかような気になる。
さらに奥へ進むと、広場では子どもたちが遊んでいた。春休みだからだろう。しばらく見ていると、子ども同士では日本語で話しているが、近くにいる親とは中国語で話している。本書に描かれた通りだ。ここは芝園団地なんだと実感した。
待ち合わせにやって来た大島さんは、SNSの写真から想像していたよりも、優しそうで、物腰は柔らかかった。団地内をひと通り案内してくれたあと、気さくに自宅へ招いてくれた。
—昨年4月に3度目の米国暮らしを終えて、日本に帰国し、再び、この芝園団地に引っ越して来られた。大島さんを引きつける芝園団地の魅力とは何ですか?
「知ってる人がいるので、慣れているし、住みやすいからです。実は『えっ、まだ住んでるの?』と意外そうに言われることが多いんですけど、私は結構ここを気に入っているんです。最初にここに住み始めたときから、取材して本を書こうというより、住む場所として選び、気に入ったから。昨年、戻って来たのは、私がいなかった間、芝園団地はどうなったんだろう、と気になった、というのも理由です」
家族が普通に生きていける世の中であって欲しい
—大島さんは米国に住み、またご子息は米国で外国人として住んでいる。やはり、そのような背景があったから、本書を書こうと思われたんですか?
「本のなかでは、書きませんでしたが、いま振り返ると、パーソナルな問題だと思います。離婚はしましたが元妻と、子ども2人はいま、アジア系のマイノリティとして米国に住んでいます。先日もみんなで遊びに来たんですが、もし将来、子ども2人が日本に住むことになっても、米国で育ったので、国籍は日本ですが、完全な日本人にはなれません。米国と日本のどちらに住んでも、マイノリティなわけです。そんな自分の家族が、普通に生きていける世の中であって欲しい、という思いが根っこにあったと思います。だから米国で起こったトランプ現象が気になり、この芝園団地に興味を持ったんだろうと思います」
—移民国家の米国に3度、駐在しました。こうした大島さん自身の経験から、この芝園団地の課題が明確に見えたんでしょうか?
「本来、米国は、異なるバックグラウンドの人が生きていきやすい移民国家です。その米国でさえ、2016年の大統領選挙以降、トランプ現象と言われる、あのような排外主義的な動きが起きてしまった。日本は移民国家ではないけど、いま外国人の住民が増えている。米国や欧米諸国ほどの数ではありませんが。でも、このままにしておくと日本では、もっと難しいことが起きるんじゃないか、あるいは起きつつあるのではないか。だからもっと早めにさまざまな取り組みをしたほうがいい、と考えました」
—日本は移民政策とは呼びませんが、外国人定住者は約300万人。すでに人口の3%弱は外国人です。国や自治体、社会全体が取り組むべきこととは何でしょう?
「国全体として、何もやっていないわけではないと思います。ただし国として外国人を移民として受け入れるかどうか、明確な方針を示さないまま、実態としては移民が増えている。あるオンライン会議で、1990年代に日系ブラジル人を受け入れた、地方自治体の首長たちも『移民に関して国の大きな方針がないことが根本的な問題。いろんな苦労やしわ寄せが来ている』と話していました。今後、移民に関して正面から取り組み、議論していくことが政府の役目だと思います」
—日本は移民政策とは呼びませんが、外国人定住者は約300万人。すでに人口の3%弱は外国人です。国や自治体、社会全体が取り組むべきこととは何でしょう?
「国全体として、何もやっていないわけではないと思います。ただし国として外国人を移民として受け入れるかどうか、明確な方針を示さないまま、実態としては移民が増えている。あるオンライン会議で、1990年代に日系ブラジル人を受け入れた、地方自治体の首長たちも『移民に関して国の大きな方針がないことが根本的な問題。いろんな苦労やしわ寄せが来ている』と話していました。今後、移民に関して正面から取り組み、議論していくことが政府の役目だと思います」
【書評】「芝園団地に住んでいます-住民の半分が外国人になったとき何が起きるか」
著者: 大島隆
明石書店 (2019年10月刊)
新聞記者である筆者が、住民の半分が中国人になったという、埼玉県川口市の芝園団地に移り住むところから始まる。先住の日本人住民に芽生える、中国人住民に対する「もやもや感」。見えない感情の壁を乗り越えようとする、住民たちを描いた渾身の潜入ルポルタージュである。
筆者自らが、次々と沸き出る難題に正面から向き合い、解き明かす展開は、推理小説のような面白さがある。また人々の心のひだを描くタッチは、格調の高い文学作品のようでもある。全体的に日本語が洗練されていて読みやすいことも、本全体の品格を高めている。
秀逸なのは、この芝園団地で起こっている現象は将来、日本全国で起こり得ることだとして、その解決策を筆者が見つけようとするところだ。さらに先住の日本人住民が抱く感情を米国のラストベルトで広まる、「自分の国だったはずなのに、よそ者にされてしまったかのような思い」と重ね合わせる。3年半前に出版された本だが、全国的に在留外国人が増えている、いまだからこそ考えさせられ、思考の幅が広がる一冊である。(原田公樹)